9.【3月15日(土)曇り時々雨】 センティメンタル・ジャーニー(2)焼杉山 大原バス停9:35→草生町登り口9:40→11:50焼杉山→寂光院道→寂光院→14:03大原バス停
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草生町登り口 | 古知谷からの道と合流 | 山頂下のガレ場 | 山頂 | 四つ辻で寂光院道へ |
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林道出合・ 寂光院道登り口 | |
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巨大な堰堤(通過後に振り返る) |
天気予報によれば昼からあるいは夕方から雨とのことであり、最初は大原三山(金比羅山、翠黛山、焼杉山)に出かけるつもりだったが、焼杉山だけに登って早く帰ってくることにした。センティメンタル・ジャーニー第2弾。ここも大原の里10名山の一つである。
大原の里10名山:水井山、大尾山、瓢箪崩山、金比羅山、翠黛山、焼杉山、天ヶ岳、天ヶ森(ナッチョ)、皆子山、峰床山。
山歩きを始めた2003年頃からまずは『京都府の山』(山と渓谷社)を見ながら、登りやすそうなところから制覇していった。焼杉山には何回も来ている。この頃は山に出かけるのに車は使っていなかった。
三条から京都バスで大原まで。川端三条でバスを待っていたところ、シンガポールから来たという親子に大原へのバスのことで尋ねられ、しばらく英語で話をした。年齢を尋ねられ、78で今年79になると言ったら驚いて、シンガポールでは70になったらみんな家に引っ込むことになり、物忘れが激しくなる、現に家の祖父母もそうだ、との答えが返ってきた。
彼らは三千院に出かけるとのことで、大原のバス停でお別れした。
われわれはここで入山の儀式を執り行い、久しぶりに草生町の登り口から入山することにした。標高250mぐらい。焼杉山は717.6m。ここからは尾根をまっすぐに登って行く。傾斜はかなりきつい。
P581mで10時56分。尾根を進むからアップダウンはつきもの。仕方がない。P581まではほぼ北方向であったが、このピークからは西へ方向を転じる。しかし、この先に今日最大の難所が待ち構えているとは!
標高660mのところに来たところ、以前通ったトラバース道にテープはほとんどなく、尾根をまっすぐ登るように誘導しているテープが数多くある。トラバース道だと登る必要がないから楽ちんだし、以前はこの道を通ったからと安易にトラバース道の方を選んだ。このトラバース道は以前と比べて狭くなっており、落ち葉でその狭くなった道が隠されており、左は谷へと大きく切れ込んでいる。滑ったりでもしたら滑落、遭難ということになる。今さら右手の尾根に上がることも出来ず、冷や汗をかきながら前に進むしかない。以前と比べて道がどうなっているかも分からないのに選んでしまったわれわれの痛恨のミス。本当はこういうところを写真に撮ればみなさんに情報を提供することになるのだが、写真を撮る余裕は全くなかった。
なんとか相当の時間をかけてトラバース道を抜けて古知谷からの道と合流した。やれやれ。
あとは岩のガレ場をよじ登れば、山頂に到着。霙、アラレが降ってきて山頂は寒い。山頂から昼食にふさわしい場所を求めて金比羅山への道に進む。山頂から10分ほど進んだところで昼食とした。雨、霙、アラレが降ってくるので20分そこそこで昼食を終え、ザックカバーをつけて下山。四つ辻・寂光院道出合から寂光院へと降りる。ここも2箇所ほど道が細く注意を要するところがある。
林道出合でストックをしまい、傘を出して、長い林道歩きとなる。この道で驚いたのは、巨大な堰堤ができていたことである(比良にもときどきあるが、果たしてこんな大きな堰堤が必要なのかしら)。旧道が大きく変わっているのでここも要注意。
ようやく寂光院の前に出てきてトイレをお借りし、ほとんど閉まっている店の前を通ってバス停に到着した。バス停では発車しかかっていたバスに乗せてもらい、出町柳まで。そこから京阪で帰宅した。